茶鼠舎

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克己とは何か——意味と、新渡戸稲造が説いた「勝つ」と「克つ」の違い

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克己(こっき)とは、「己に克つ」こと。自分の中の欲や怠け心、その場の衝動に打ち克つことをいう。克己心は、それをやり通そうとする心の構えだ。言葉としては、『論語』顔淵篇にある「克己復礼」の一句でよく知られている。

ここまでが言葉としての意味だ。では、克己とはひたすら我慢することなのか。新渡戸稲造は『修養』で一章をまるごと克己にあて、この言葉をもっと広く、もっと実際的に捉えた。新渡戸にとって克己とは、欲や弱さを抑え込むことにとどまらず、自分をよりよい方へ向けていく働きだった。その考え方を三つに分けて見ていく。

「勝つ」と「克つ」は違う

どちらも「かつ」と読むが、新渡戸はこの二つを分けて考えた。

「勝つ」には相手がいる。誰かと比べ、その相手を打ち負かしてはじめて成り立つ。一方の「克つ」は、相手がいるかどうかを問わない。新渡戸は字書を引き、「克」に「能う(あたう)」「優れる」という意味もあることに目をとめている。

この違いから、新渡戸は克己の中身を次のように考えた。立ちはだかる敵があれば、それを破る。敵がいないなら、その力を自分を伸ばすことに回す。力は、使う相手がいなくても消えるわけではないからだ。

つまり克己は、自分を敵に見立てて叩きのめすことではない。比べる相手は他人ではなく、昨日の自分である。今の自分より少しでも優れた自分をつくろうとする、その働き全体が克己だということになる。

感情をすべて敵にしない

克己というと、感情を押し殺すことだと思われやすい。新渡戸はそこに異を唱えた。

例として挙がるのが、新渡戸の友人の話だ。将来を期待された役人だったその人は、自分は感情が激しいからと、芝居を一度も見なかった。心を揺さぶられて、仕事に差し障るのを恐れたのである。新渡戸はこの友人の真面目さを認めつつ、そうした心がけでは大きな人物にはなれないだろうと書いている。

感情には悪いものもあるが、よいものもある。芝居を見て、正しいことを貴ぶ気持ちや、気高い思いが動くこともある。それまで押さえつけてしまえば、人は機械のようになるだけだ。抑えるべきものと、むしろ育てるべきものがある。

だから新渡戸は、克己の最初の一歩を「見分けること」に置いた。自分の中のどの気持ちが本当の敵なのか。それを見極めずに戦っても、守るべきものまで失いかねない。見極めたうえで、敵だと分かったものは退けると決める。順番はこの二つである。

克己は一呼吸の間にある

三つ目は、克己にかかる時間の話だ。新渡戸は、我慢がつらいのは長い時間ではなく、ほんの短い間だという。

我慢する間は長いようでも、時計を出して計れば、ほんのわずかの間である。

——『現代語訳 修養』第六章「克己の工夫」

新渡戸はここで、佐藤一斎の「克己の工夫一呼吸の間に在り」という言葉を引いている。衝動が押し寄せたときの苦しさは、永遠に続くように感じられる。だが実際に勝負が決まるのは、その最初の一呼吸のうちだ。

新渡戸はまた、克己を大きな目標から始めるなとも言う。毎日出会う小さな事柄で、少しの心がけでできることから始めるのがよい。そして、ある程度できるようになったからと気をゆるめれば、積み上げたものは崩れてしまう。克己は一度身につければ終わりの技ではなく、毎日の小さな一呼吸の積み重ねなのである。

新渡戸は、克己の行き着く先を、小さな自分へのこだわりを手放し、自分より大きなもののために力を尽くすところに見ていた。章の終わり近くには、克己は愛に至って完成するとまで書いている。ただ、その遠い頂へ向かう道も、足元の一呼吸から始まる。

今日から使うために——衝動が来たときの一呼吸

ここまでの考え方を、日々の場面に置き換えてみる。何かをしたくなったとき、あるいはしたくないことから逃げたくなったときに、次の順で一呼吸を置く。

  1. 気づく。 「いま、自分は〜したがっている」と、心の中で言葉にする。言葉にしておくと、このあとの手順を進める手がかりになる。
  2. 時間を見る。 その衝動がどれくらい続くか、実際に時計で確かめてみる。新渡戸の言うとおり、思ったより短いことが多い。
  3. 見分ける。 その気持ちは、退けるべき敵か。それとも、形を変えて生かせばよいものか。
  4. 向け直す。 敵でないと分かったら、その力を、今日の自分を少し伸ばすことに使う。

うまくいかない日があっても構わない。克己は、他人に勝つ競争ではない。昨日の自分よりわずかに優れることを、一呼吸ずつ重ねていく営みである。

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